手術しない変形性股関節症と親の介護ブログ

親の介護体験や 変形性股関節症 保存療法への取り組みに関する記録

休める喜びは 忙しいほど大きいものなのかも。

今週のお題「〇〇からの卒業」

 

両親を在宅で介護していた生活から卒業して はや1年半ほど経ちます。

 

両親の介護をしていた頃は、股関節の痛みも常にあるため、とにかく日々疲れて疲れて、心底疲れ果て、それでも気力を振り絞って身体を動かしていました。

「ほんの一瞬でもいいから休みたい、休みたい、休みたい。。」

という想いが、常に頭の中を渦巻いていました。

 

母がデイサービスやショートステイに行っている間にも、買い物や掃除、父の身の周りの世話や雑用など、やるべきことは山積みで、ゆっくり休んでいる暇などありませんでした。

 

自分のことでやりたいこともたくさんありましたが、やりたいことができるなんて、当時は夢のまた夢でした。

 

今なら、ゆっくり休もうと思えば休める時間は十分にあります。常に気を張り詰めて、見守らなければならないという任務もありません。

 

それでも、ほっと一息つける時間にも、ザワザワ、ザワザワ、気持ちは落ち着かず、、ぼーっと無心になれるような感覚は失っています。

 

介護生活から急に解放されても、24時間臨戦態勢だったあの頃の感覚が、今でも形状記憶のように身体にも心にも残っている感じ。

 

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 せめて股関節が悪くなかったら、もう少し楽にこなせるはずなのに・・・と、介護の間、いつもやりきれない思いでいました。

 

私には子供がいないので、高齢になり介護が必要になってしまったら、最終的には施設だろうと考えています。

 

将来 介護施設にお世話になるとしたら、そこではどんな生活で、そのとき私はどんな気持ちになるのだろう?

 

このところ、なぜかそんな想いが脳裏を行ったり来たり。

 

私は股関節が悪いので、現実的に考えると超高齢まで長生きできたら、歩行はかなり困難になっているかもしれません。

 

せめて認知症状は出ないことを祈ります(。-_-。)☆彡

 

施設に入れば身の周りのことはなんでもやってもらえ、読みたい本を読んだりすることは思う存分できるでしょう。それなりにレクリエーション活動や季節のイベントなどもあり、もはやその頃には将来的なお金の心配や 家族の心配もなくなっているのでしょう。

 

あとは、寿命が尽きるまでのカウントダウンを、施設で静かに送る日々。

介護に忙殺されていた頃に熱望していた【休むこと】が、思う存分満喫できる日々。

 

介護施設じゃなくても、お金に余裕があれば、悠悠自適な晩年を送ることは可能かもしれませんね。

 

そういった世界は、いま目の前にある面倒なことが一気に排除された 楽園生活のようにも感じられます(*'ω'*)☆彡

 

でも、それは、今の私にはまだ将来への不安もあり、やりたいこと、やるべきこともたくさんあるという、忙しい日々があるからこその羨望でしょう。

 

楽園生活では、今の私だと生きる力が萎えてしまいそうだ(*´Д`)

 

日々やるべきことや不安を伴う忙しさがあるからこそ、休めるときの喜びは大きく、やりたいことはなかなかできないからこそ、実現できた時の喜びは大きいのかもしれません。

 

楽園永住への憧れは一瞬浮かぶけれど、今はまだ気持ちがザワザワしたままでもいいかな。不安含みの大海をバシャバシャ泳ぎ、時々見つけた小島で休んでみたりする方が、今の自分には合っているし、生きている実感も得られる気がするのです。

 

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