手術しない変形性股関節症と親の介護ブログ

親の介護体験や 変形性股関節症 保存療法への取り組みに関する記録

デイサービス帰宅後 2014年 5月と2022年1月の母の様子

今回は、認知症になった母の在宅介護5年目 2014年5月の記録と、2022年1月現在施設にいる母の様子について書いておきたいと思います。

 

5/3 初めてのデイサービスに行って帰ってきてからは、思ったより元気そうに見受けられました。しかし、夜間トイレに入ってから出るときに脚の力が入らなかったらしく、トイレの前で転んでしまいました。

 

突然慣れない環境に身を置いて、肉体的にも精神的にもかなり疲れていたのでしょう。

 

見た目だけでは なかなかわかりませんでした。

 

転んだことは本人 ショックだったようですが、特にケガをしている様子はなく、多少打ったところが痛い程度で済みました。

 

翌朝起きてからも、特にどこか痛がることもなく、いつも通りの生活が送れました。

 

5/7  とりあえずデイサービスは週1日だけ頼んでいたので、家でもお風呂に入ってもらわないとなりません。

 

最悪、またなかなか入ってもらえなかったり、うまく洗えなかったとしても、デイサービスでなんとか洗ってもらえるから気は楽だと思っていたら、そんな時に限って母はすんなり入ってくれました。

 

そして、髪までちゃんと洗って出てきたのにはビックリ!

 

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やればできるじゃない!?

 

 

なんでなんで???

 

 

 

この日は、私が気楽に接していたのが良かったんだろうな。

 

別に、できなかったらできなかったでいいいよ!っていう気持ちが、母に安心感を与え、良い結果につながったんだろうな~と思います。

 

でも、介護していると、こんなふうに余裕をもっていられる状況ばかりではないですね。

 

これやってもらえないとホント困るんだから。

 

お願いだから、やってよ~~~。。。。って言える場面、数限りなく浮かびます。

 

 

 

5/27 ケアマネさんが母のデイサービスの様子を見に行って下さったようで、その報告をしてくれました。

 

お風呂に入るのに、少々手こずっていた様子。

 

それから、お昼寝している人に話しかけたり、起こそうとしている様子もあったらしい。

 

施設側のワーカーさんからは伝えられたことがない内容でしたが、この頃の母ならやりそうなことだな、と思いました。

 

母は元気だった頃はもちろんのこと、高齢となり認知症が進んでからも、お昼寝をすることはしない人でした。

 

昼間から寝ている人=怠け者

 

みたいな認識があったように思います。

 

昭和一桁生まれで、苦労してきた人なので。

 

 

それまでの人生、頑張りすぎちゃったのかな。

 

今は施設で、今までできなかったお昼寝も、たっぷりできてるね。

 

 

2022年1月現在。老衰が始まったかと思われた母ですが、まだミキサー食も口にすることができ、近くで話しかければ反応はある様子。年明けからの面会はまたアクリルボード越しにしかできなくなりましたが、とりあえず生きている姿を見られるだけでも良しとしましょう。

 

先日面会に行った際には、会っている15分間はずっと目を開けていましたが、何も言葉を発してはくれませんでした。今までは、多少距離が遠くても、こちらが手を振ったりしてみると、なにか言ってくれたのですが。。

 

今の感染状況を考えると、直接触れ合える面会スタイルに戻してもらえるまでには、まだまだ時間がかかりそうだな~(*´Д`)。。。。

 

 


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変形性股関節症になってよかったこと

今回は、変形性股関節症になってよかったと、思えることについて書こうと思います。

 

えっ!?  よかったことなんて、本当にあるの❔

 

と、ほとんどの方は当然思われるでしょう。

 

もちろん、心からよかった、なんて思えることはありません。

 

でも、私の人生において簡単には取り除けないこの障害は、私にとってなにか意味のあるものではないかと捉え、そのポジティブな意味についてずっと考えていました。

 

最初に思いついたよかったことは、障害のある人に対する緊張感がなくなった、という点です。

 

脚に問題がなかった頃には、障害を持った方が身近にいなかったこともあり、なんとなく抵抗感や緊張感がありました。また、必要があればサポートしたいという気持ちを起こす自分に対しても、偽善的なものを感じモヤモヤすることもありました。

 

今はそのようなモヤモヤは全くないです。認知症の方に対しても、同様です。

 

そして、2番目に思いついた良かったことは、変形性股関節症という身体的に大きな問題があるからこそ、自分の体に対する意識は高まり、高齢者となる前から調整していく気持ちになれたことです。

 

もし股関節に異常がなく、まだまだ体力も十分に備わっていたら、今の年齢であればさほど身体へのケアなど気にかけなかったと思います。

 

そしてその後、ある程度の年齢がきたときには 急に衰えを感じ、修復が効かなくなる、なんてこともあり得る気がします。

 

 

そして、3番目に思いついた良かったことは、ゆっくりと時間をかける大切さに気づけたことです。

 

それまでの私は、何事もスピード重視で合理的に物事を進めていく傾向が強く、そのことによって無理をすることもあり、自分自身も徐々に疲れていました。

 

早くやらなければ!という気持ちに常にあおられ、行動は人一倍早かったと思います。

それは子供時代からその傾向はみられ、夏休みの宿題のほとんどは7月中に片づけていました。

 

 

しかし、股関節痛が出るようになってからは、早く動きたくても動くことができなくなりました。そのことが私にとっては一番辛いことだった気がします。

 

早く動きたくても動けなかったので、ゆっくりやるしかありません。

 

今の自分が無理なくできるペースでゆっくりやることがもどかしく、最初はかなりイライラしていました。

 

でも、ゆっくり時間をかけて行うことや、ダラけているかなと思いつつもダラダラやってみることで、今まで気づけなかったこと、見えなかった世界が見えてきた気がするのです。

 

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人生の折り返し地点を過ぎてからの私には、今までとは違った価値観や世界観に気づく必要があるために、変形性股関節症という障害が現れてきたのかもしれない。。。

 

日々いろいろ考えているうちに、そんな考えにも至りました。

 

障害や病気など、自分にとって不運としか思えないものは、ただただ不快なもの有害なものとして排除したい気はするけれど、そんなイライラした気持ちで向かい合うことは、自分にとってデメリットでしかないような気がします。

 

 

それよりも、この障害はなにか意味があって今の自分には必要なものとしてここにある、と捉えてみることで、敵として存在していたものが味方として姿を変え、苦しみも軽減されていくように私には感じられるのです。

 

私にとって変形性股関節症は、一生の付き合いとなる相手であることは間違いありません。

 

ならば少しでも仲良く、折り合いをつけてやっていく道を探っていくことも、まだ続くであろう自分の人生にとって大事なことだな、と思い始めています。

 

 


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確実に老衰に向かっている母2021年12月

12月中旬、ドクターから家族にお話があるとのことで、母のいる介護施設から連絡があり、兄とふたりで行ってきました。

 

施設内の医務室に通され、施設長さんやケアマネさんも同席されました。

 

今現在の母は、食事が十分に摂れなくなり、体重の著しい減少が起こっています。

 

昼間でも眠っている時間が多くなっています。

 

ヘモグロビンの値が5.7と低く、かなりの貧血状態です。

 

体内出血などはないかの確認のため、簡易CTを撮ったらしいのですが、そこでは明らかな問題は見つからなかったようです。

 

ただし、入念な検査をしてみれば、重篤な病気は見つかるかもしれません。

 

今の段階でも、水腎症、腎臓に石、肺にも少し水は溜まっているようですが、年齢を考えると本人に負担のかかる、無理な治療の必要はないでしょうとのこと。

 

ドクターにしても施設側にしても、私たち家族の今後の意向を確認したかったようです。

 

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それはこの先、母に老衰死へと至るであろう変化が起きた時に、延命措置をするか、しないかの選択。

 

しないというのは、自然の流れによる老衰死に身を委ねるということ。

 

ドクターも施設側も、自然死を勧めているのは明らかに伝わってきました。

 

もちろん私達家族も、そうできればそれが一番だと思っています。

 

でも、ちょっと意外でした!

 

施設での看取りができるとは期待していなかったので。

 

もちろん、看取りのできる施設があることも知っていましたが、やってくれる所は数が少ないと思ってました。

 

気づきませんでしたが、ここ数年で施設の看取り体制はだいぶ進んだようですね。

 

施設にいても、食事ができなくなれば病院に運ばれ点滴になって、最期は病院で息を引き取るしかないと想像していましたから。

 

その日は面会の時間外でしたが、母にひと目会わせてもらえないかとケアマネさんにお願いしたところ、快く母を連れてきて下さいました。

 

車椅子に乗って連れてこられた母は、多少目を開けてくれて、少しなにかしゃべったりもしてくれました。

 

すごくやせ細って生命力も乏しくは見えるけれど、どこか痛かったり苦しかったりする様子はなく、表情は穏やかで、すぐにスヤスヤ眠ってしまう母。

 

この環境にいる母は、決して孤独でも、不幸でもないのかもしれない。

 

命の炎が尽きるまでには、まだ少しだけ時間が残されているような気もしました。

 

燃え尽きるまでのときを、悔いなく過ごすためにも、今はとにかく母のことだけ考えていたい。

 

 


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施設にいる母親の変化2021年12月

母が入所している施設では、制限時間は15分となっていますが、11月からはパーテーション越しではなく、直接会うことができるようになりました。

 

先週も会いに行ってきたのですが、今までにはなかった母の老衰変化を感じ、いつになく不安になりました。

 

いつものように車椅子で連れてこられた母は、ウトウトして半眠りの状態。

 

今までにも、会っている間に眠りそうになってしまうことは何度もあったし、そんな時はちょっと身体を揺すったり、呼びかけたりしてみればすぐに目を覚ましてくれたので、今回も同様に起きてもらおうと思いました。

 

ところが、今回はどんなに揺すったり呼びかけたりしてみても、深く眠り込んでいて一向に目を覚ましてはくれません。

 

こんなに深く眠り込んでしまっている母を見るのは初めてだし、人ってこんなにも起きないものなのかと驚きました。

 

結局、眠ったままの母と過ごす15分はあっという間に過ぎ、面会は終了。

 

せっかく直接会えたというのに。。。

 

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長い間、母に触れることができなかったうちに、母は驚く程に痩せていました。

 

パーテーション越しに母を見ていた頃は、いつもけっこう着ぶくれていたし、ひざ掛けなども掛けた状態でみていたせいか、どんどん痩せていったことに気づきませんでした。

 

体重も、施設入所直後は38㎏だったのが、今は30㎏ちょっとに。

 

2年間で8㎏も落ちました。それも、今年1年で6㎏も!

 

施設からは数か月おきに体重などの報告書はいただいてはおりましたが、数字だけ目にしても、いまひとつ実感は持てませんでした。

 

今回改めて、入所から今までの体重推移を確認したのです。

 

食事の方が9月から きざみ食からペースト食に代わり、それからの体重減少が大きいようです。

 

だんだん食べられなくなってきちゃったのかな。

 

食べなくなったら、長くは生きられないよ。

 

眠ってばかりいるようになると、この世の意識はどんどん薄らいで、天国の方へとどんどん近づいて行ってしまうよ。

 

※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

 

面会に行った翌々日、施設から連絡があり、健康診断の結果に問題が出ていたようで、CTでの再検査を行うとのこと。

 

どうりで、先日の母の様子は、いつになくおかしいと思った(*´Д`)

 

その翌日また施設から連絡があり、ドクターが直接家族とお話ししたいとのことで、明日、兄と話を聞きに行ってきます。

 

話を聞いてみないことにはまだなんとも言えないけれど、このタイミングで95歳の母に変化が起こるとすれば、これはもう老衰に向けてのカウントダウンが始まったのかもしれない。

 

少しずつ覚悟していかなければ。。。。。

 

 


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貧乏ゆすりに励んでみた 2015年9月~12月の記録

変形性股関節症発症から6年目 2015年9月~12月の記録

 

この年の9月頃からは 変形性股関節症に効くと言われていた、貧乏ゆすりも取り入れ、意識して脚を動かすようにしてみました。

 

この場合の貧乏ゆすりとは、股関節や膝関節を自分で意識して小刻みに動かす運動(ジグリング)のことです。

 

その細かい振動を起こすことにより、軟骨の再生を促し股関節がスムーズに動かせるようになり、股関節痛にも効果が高いとされています。

 

健康雑誌でも貧乏ゆすりは変形性股関節症に効果的!といったテーマのものが、今でも時折登場しています。

 

 

ちなみに、その貧乏ゆすりのやり方は、

 

■ 足の裏がきちんと床に着く高さの椅子に座り。ひざの角度は90度か、それ以下になるようにします。

 

■ 一方の足のつま先を床に着けたまま、かかとを小刻みに上下させます。

 

かかとは2㎝程度上がっていればよいので、できるだけ小刻みに回数を多くした方が効果的なようです。

 

股関節に問題のある側だけやれば十分ですが、予防のために両足をやってもいいですし、両足同時に動かしても構わないようです。

 

股関節に痛みが出たら、中止する。また、手術をした方は、主治医に相談の上行ってくださいとのこと。

 

(貧乏ゆすりのやり方は、健康雑誌【安心】2012年6月号記事を参考にしました)

 

 

この年はその後も、仰向けに寝て脚をブラブラ振ったり、立てた膝を回転させるような運動をこまめに取り入れていたことで、股関節のかみ合わせも良く、わりと調子がよかったようです。

 

ただ、相変わらず、足裏のタコやウオノメには悩まされていました。

 

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2021年現在の脚の状態はといえば、わりと良好です。

 

貧乏ゆすりは、今のところほとんどやってません。。。

 

もちろん、気が向いたらやることもありますが、これはたまにやっても効果は薄いんですよね。

 

軟骨の再生まで促すには、それを習慣にするくらいでなければ実現できない気がします。

 

でも、立ち上がる前に、軽くやってから立ち上がると、立ち上がり時特有の痛みはだいぶ軽減されています。

 

いつかは習慣化して取り入れることができるかもしれませんが、その時々の股関節の調子や、身体全体のコンディションにもよって、取り入れることは変えています。

 

今現在は、以前から続いているウオノメや足の指の衰えがとても気になり、足裏をきちんと使った歩き方を意識して取り入れはじめました。

 

過去には正しい歩き方を意識すると、股関節に負担がかかり痛みが出た時期もあったのですが、今はむしろ負担が減り楽に歩けます。

 

以前と比べ股関節の状態が良くなっているかどうかはわかりませんが、痛みが出ることなく効果的に取り入れられるものをその時々で選択する、というのが、私には合っている気がします。

 

 

足を乗せるだけで振動を与えてくれるこのような商品もありますね。

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気にはなるけど、三日坊主で終わったら、と思うとなかなか手が出せず(^_^;))

 


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父親の最期に間に合わなかった無念

父が亡くなって今月11月で丸2年が経ちます。

 

今回は2019年11月に、95歳で亡くなった父のことを書きたいと思います。

 

今でもまだ、父がなくなった日のことはもちろん、亡くなる前までの父の様子は鮮明に思い出すことができます。

 

11月に入った途端、この時期らしい空気感とか空の色とか、夕暮れの雰囲気とか、そういったものにより、父への想いが、普段より強く引き出されてくる感じがします。

 

父は入院し2ヶ月足らずで亡くなってしまいましたが、それまで自宅で生活できていたことは、95歳という年齢を考えれば、とても恵まれた晩年だったといえるような気がします。

 

病院から危篤の連絡を受けて駆け付けたときにはもう、父は亡くなっていました。

 

夜遅く、大急ぎでタクシーで向かっていた途中に、亡くなったという連絡は受けました。

 

できれば亡くなる瞬間に立ち会いたかったという思いは、今でも残ります。

 

母親の時には、なんとかその願いが叶わないものかと今から思っています。

 

テレビドラマのワンシーンのように、手を握って最期を看取れる家族は、意外と少ないものなのでしょうか。

 

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亡くなる10日前くらいからでしたか、父は点滴だけで、食事もとれなくなりました。

 

亡くなる3日前に面会した時には、かなり衰弱している様子でしたが、なんとか会話はできました。

 

亡くなる数時間前も、看護師さんの問いかけに反応していたと聞きました。

 

父は、どんな意識状態で亡くなっていったのかな、と時々考えます。

 

眠っている間に亡くなっていったのか、朦朧とした意識の中で、私達家族のことも心に浮かべながら亡くなっていったのか。。。とか。

 

たぶん、亡くなる瞬間にはもう意識はなかったかもしれませんが、意識が薄らいでいく段階で、父の傍に寄り添っていたかった、という思いが今でも残ります。

 

 

父が亡くなって2年。

 

当時は、認知症の母の介護に手がかかっていたため、父には高齢でありながらもたくさんの無理をさせたし、寂しい思いもさせたし、辛い思いもたくさんさせてしまいました。

 

今でも、父のために、あのときこうしておけば良かった。。もっと優しくしておけば良かった。。といった後悔の念が浮かび、キュッと胸が苦しくなることがあります。

 

でも、自分の身に置き換えて考えると、子供のいない私は自分の人生の最後はすべて自分で始末して、最期の瞬間も独りで迎えることになるわけです。

 

それは自分の人生にとっては当然の成り行きであって、特に大きな不安や寂しいという気持ちはありません。

 

そう考えると、人生の最後も家族と暮らし、ある程度子供に面倒を見てもらえた父は、そんなに寂しい晩年ではなかったのかも。

 

むしろ、幸せな晩年だったかも、と思い直すようにしています。

 

そうすることで、私自身の気持ちを少し、軽くできるからです。

 

 

 

miyuyuchang.hatenablog.com

 

 

 


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施設にいる母とようやく直接会えました。2021年11月

感染者数がだいぶ落ち着いていることから、母が入所している介護施設では、11月から面会の制限がだいぶ緩和されました。

 

要介護4で、介護施設に入所している母親(95) とは、今月1年と8ヶ月ぶりに直接会って触れ合える形での面会を果たすことが可能になったのです。

 

10月まではパーテーション越しに2m位の距離をあけて会うことしかできなかったので、触れることも会話もままならず、もどかしい思いをしてきたものです。

 

距離を置いて面会していた頃は、アクリルボードの先にいる母が、まるでバーチャル空間に存在するアバターのような、実体のないものに思えるように。。

 

ようやく直接会えて、1年8ヶ月ぶりに母の手を握った瞬間は、涙がこぼれるほどの感動でした。

 

触れ合うことで、ようやくリアルに母親を感じることができました。

 

母が生きている間には、もう触れることはできないかもしれない、という覚悟もしていました。

 

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約2年ぶり位に手を握って、顔を間近で見て、身体に触れてみたことで、「ずいぶん痩せちゃったな。。」という、悲しい驚きもありました。

 

在宅から施設に入ったこの2年ほどの間に、母はもう支えられても歩けなくなったし、固形物は食べられなくなったし、認知能力もだいぶ落ちてしまいました。

 

それでもまだ耳元で話しかけると、反応してくれることは多いのですが、会話としては成立しません。

 

母が勝手にしゃべり始めても、意味不明なことばかり。

 

でも、今回帰る時に

 

「じゃあね。また来るからね!」

 

と言って私が母の傍から立ち去ろうとすると、母は

 

「ありがとね。いつもいろいろと ありがとね」

 

と、初めてまともなことを口にしたのです。

 

今の母はもう、状況に応じた会話ができる人ではなかったので、偶然にして嬉しい感動を与えてもらえたな、と思い、涙が溢れました。

 

そう言えば、母は在宅で介護されている頃から、私たち家族やデイサービスのワーカーさん達に対しても、「ありがとう」という言葉はたくさん口にしている人でした。

 

自然と口からこぼれ出るくらいに、母はありがとうを惜しまず口にしていました。

 

それが頭だけで考えた口先だけの言葉だったら、認知症状が進んだ母の中からはもう消え去ってしまった言葉だったかも。

 

でもそれが、心の底から出た言葉だったからこそ、今でも母の中にしっかり残されているのかもしれません。

 

 


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