手術しない変形性股関節症と親の介護ブログ

親の介護体験や 変形性股関節症 保存療法への取り組みに関する記録

親の物を処分するということ

在宅介護5年目の2014年から、週二日ほど母にはデイサービスに行ってもらうようになったことから、私はそれまでなかなかできなかった家の片付けや大掃除に励みました。

 

認知症の母はもちろん、父もだいぶ物の管理能力は低下してきていたので、私がふたりの持ち物をすべて管理できるよう、物の数はできるだけ減らす方向で片付けました。

 

とは言っても、母がいない間にこそやることは他にも山積みだったので、不用品などの片付けにはその後も5年ほどかけてやっていきました。

 

世間では、親の実家を片づけるのに大変苦労している人がたくさんいるようですね。

 

実家が別にあって、その実家には両親の大量の物があって、それをなんとかしなければならない人達のことを考えると、想像を絶する大変さなんだろうな。。と思います。

 

私はずっと両親と一緒に暮らしていて、ある程度家にある家族の物の量は把握していたつもりでした。

 

両親ともそんなに物欲の強いタイプではなかったので、不用品はそんなにないと思っていました。

 

しかし、いざ両親の持ち物に手を付けてみると、想像以上にいろいろな物が出てきて、その都度「見なかったことにしようか。。」と思い、やめたくなること数知れず。。

 

 

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まして、私には股関節痛もあることから、一気に大量の物や重い物の片づけは無理なので、どうしてもできないところは兄の手も借りて、なんとかやり続けました。

 

兄にももっと協力して欲しい気持ちはありましたが、兄の場合、片付けは苦手なタイプだったため、あまり力になってはもらえず。。

 

もう、親の物を処分する話に関しては、本当にいろいろな事やいろいろな想いが入り乱れて、一度には語りきれない気がします。

 

親の持ち物を処分するとき、認知症の母には判断を仰げなかったので、私の判断でやっていきました。

 

父の物に関しては、できる限り父にも確認してもらいつつ処分していったつもりなのですが、その後、物が見つからなくなるたび私が恨まれることがけっこうありました。

 

もちろん、私には父が探している物を捨てた覚えはなく、その後、父の勘違いで見つかることばかりだったのですが、親が生きているうちに片づけていると、この手のことはありがちだろうな、と思います。

 

今残されている父の物は、もはや遺品となってしまいました。

 

遺品となってしまってからは、どんなにちっぽけな物であっても、処分する気にはなれません。

 

父が家にいた頃最後に飲んでいた薬も、まだ袋やケースに入ったまま、捨てることはできず残されています。

 

ある程度の不用品は、多少もめながらも *笑*  父が生きている間に処分しておくことができて正解だったかな、と今ではよく思います。

 

 


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ぶら下がり健康器具を買ってみた

今回は変形性股関節症発症から7年目 2016年6月の記録をもとに書いています。

 

この時期には、通常の親の介護に加え、家の大掃除や長年倉庫にあった不用品の片付けなどをしていたこともあり、脚の痛みはいつも以上に強く出ていたようです。

 

整骨院には、月に一度くらいのペースでまだ通っています。

 

この当時の日記によると、このところすぐに疲れてしまうので、家事などの立ち仕事がつらい、と記されています。

 

ある日、何気なくホームセンターのチラシを見ていたら、ぶら下がり健康器が目にとまりました。

 

変形性股関節症により身体のゆがみを強く感じていることから、ぶら下がってみるとけっこう気持ちいいのではないかと思い、ぶら下がり健康器を買ってみようかと考えました。

 

でも、置けるようなスペースはあるだろうか?

 

高齢の両親が危なくないように、家の中をスッキリ片付けている最中だったので、物を増やすようなことはしたくなく、しばらく悩みました。

 

悩んだ挙句、キッチンに置くことに!

 

とりあえず空きスペースが一番作りやすかったことと、当時私が一番過ごすことが多かった場所なので、そこに置くのが一番使いやすいだろうと思って。

 

届いた段階では組み立て式になっていたので、私は兄に組み立ててもらいました。

 

特に力が必要というわけでもなく、女性でも組み立てられるもののようでしたが、股関節が悪くなった今では、しゃがんだり立ったりということが繰り返されそうな作業はできなくなりました。

 

組み立ててもらって、さあ、ぶら下がるぞ!

 

と思ってぶら下がろうとしたら、最初はすぐには腕の力が出せずに驚きました。

 

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股関節が悪いため、脚の力は弱ってしまったけれど、腕の力はまだまだあると思っていたからです。

 

ぶら下がるなんて動きをここ何年もしたことがなかったせいか、その部分の筋力も衰えていたのでしょう。

 

しばらく練習していたら、しっかりぶら下がることもでき、脚を上げたり身体をねじったりする動きもできるようになりました。

 

私が使ってみた感想としては、身体のゆがみが矯正され、体幹が鍛えられる感覚もあり、股関節痛の緩和には効いています。

 

ただ、人によっては逆に痛みが強く出たりする場合も、股関節が悪い人なら十分あり得るような気もします。

 

ちょっと前までは、肩を痛めてしばらくぶら下がれなくなっていた時期もありますが、また治ってきたのでどんどん活用していこうと思っています。

 

とは言いつつ、すぐ使える場所に置いてあり、ぶら下がると全身がリフレッシュされて気持ちいいのに、毎日は続けられないのは何故かな~とは思いますけど(^^;))`。。

 

 

 


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高齢者が点滴になってからの余命は?

2022年3月末 桜が満開の頃に親友のお母様が亡くなりました。

 

親友である彼女とは学生時代からの長い長い付き合いです。

 

お互いにずっと独身で実家で両親と一緒に暮らしていた、という、とても似た境遇であり、今となっては身内に近い存在になっています。

 

病院ではずっと面会できなかったようで、危篤状態となり約3ヶ月ぶりに、そこでやっと母親に会えたようです。

 

親の介護がスタートしたのは、私の方がだいぶ早かったのですが、彼女もここ4~5年前くらいからは、在宅での介護をすることになりました。

 

彼女のお母様は昨年の秋頃までは自宅にいられたようですが、徐々に食事がきちんと摂れなくなり入院。その後、12月頃から病院での点滴となり、結局点滴だけでも3ヶ月以上は生きられたことにはなりますね。

 

これは当然個人差はあるとは思いますが、ネットで調べてみたところ、老衰に向かう際の点滴になってからの余命は、平均3ヶ月程度のようですね。

 

人伝えによる話によると、点滴だけでも1年以上生きた人もいるとか。

 

そのときの年齢や体力にもよるのでしょうが。

 

私の父の場合結局、点滴を10日間位続けた時点で、すでに血管に差せるところがなくなってしまった、ということで、中心静脈栄養というものに切り替わり、それから2日後くらいに亡くなってしまいました。

 

父はその時点で95歳でした。

 

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昨日は母に会いに、入所している介護施設にまで兄と一緒に行ってきました。

 

今でもまだアクリルボード越しに距離を置いて、10分間までという短い短い面会です。

 

その間、母は発語もなくぼんやりした目でずっと私達のことを見ていました。

 

もちろんこちらを見てもらうためには、目立つように手を振り続けました。

 

マスクをしているので、ニコニコ笑いかけてもあまり伝わらない様子。

 

 

ケアマネさんの話によると、だんだん食は細くなっているけれど、今のところまだミキサー食を自分の口から食べられているとのこと。

 

母の場合、食べられなくなっても、病院に運んで点滴などの延命措置はしないことにしてあるので、施設の中でそこから老衰死へのカウントダウンが始まるのです。

 

食べられなくなると、約5~7日位で老衰死に至るようですね。

 

なので、とりあえずでも、食べられているかどうかはとても気になるところ。

 

「食事の方は、まだ食べられてますか?」

 

余命宣告を受けるような気持ちで、施設から何等かの連絡があった時や、面会に行った時には、緊張感を持って必ず聞いてしまいます。

 


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デイサービスでの母の残された能力に驚き!2014年7月の記録

今回は、2014年7月 母の在宅介護5年目の記録を振り返ります。

 

この年の5月から母はデイサービスに通い始めています。

 

この頃、デイサービスでの様子をたくさんの画像と共にプリントしたものを初めていただきました。「デイだより」のような新聞形式になっていて、その後も毎月発行されて、家族も見るのを楽しみにしていました。

 

それを見ると、母は塗り絵やボールゲームをしたり、料理を手伝ったり、歌を歌ったり、お花見や様々なイベントに参加している様子がわかりました。

 

この頃には家では家事などすることは一切なく、まして料理なんて危なくてさせられるはずはなかったのに、デイでの写真を見ると、包丁を持って野菜を切っているではありませんか!?

 

後日ワーカーさんからも

「お母さんはまだまだ包丁の使い方も上手です!」

と、言われビックリ!

 

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もしかしたら家でも、私がしっかり見守り続けることができたら、母が家事能力を落とすスピードはもっと緩めることができたかもしれないと思いました。

 

ただ、それをするためには、介護者側に時間的にも体力的にも精神的にも、相当の余裕がなければ無理だとも思います。

 

少なくとも私には無理でした。

 

 

この頃の母は、梅雨明け前の蒸し暑い日でも「寒い」と言って、開けてある窓をしめてしまう、という困った行動を繰り返しています。

 

本当に寒く感じるなら仕方ないものの、本人はしっかり汗ばんでいます。

 

そんな時、窓を開けて気持ちいい風を入れても、「寒い」と言って不機嫌になり、窓を閉めました。

 

そういえば、扇風機の風も嫌がりました。

 

認知症になる前の母は、暑がり体質の人だったのに!

 

梅雨明け前の暑さなら、窓を開けたり扇風機くらいでしのげるのに、早期にエアコンで対応するしかありませんでした。

 

 

また、夕方になるとテレビのリモコンを持って

 

「テレビのことがわからなくなったので見に来て欲しい」

 

ということを毎日繰り返していた頃でした。

 

紙おむつ代もかなりかかるようになり、家計を圧迫し始めましたが、市の方から毎月5千円までの紙おむつが現物支給されるようになりました。

 

指定されている業者さんから、カタログにある限られた商品のものを選ぶようになっていました。

 

金額も定価設定のようで、市販されているものよりだいぶ高かったので、金額のわりには買える個数は少なかったです。

 

同じ金額なら現金か商品券でいただけて、市販のものを自分で買いに行く、といった方が数多く手に入るのですが、各自治体ごとにそれぞれ事情もあるのでしょう。

 

支給していただけるだけありがたいのは確かです。

 

7月30日 この日 母は家のお風呂に入るのが最後となりました。

 

母が家のお風呂に入るのはもう限界でした。

 

お風呂に入れてもらうことも考慮し、8月からデイサービスを週2回に増やすことにした頃でした。

 

 


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ストレスからか手湿疹に悩まされる。2016年3月

変形性股関股節症発症から7年目 2016年3月~5月頃の様子と、2022年現在の様子も併せて書いておきたいと思います。

 

今回は、股関節痛とは直接関係のない症状についての記録となります。

 

2016年、この頃から、手の指にポツポツと湿疹が出るようになり、皮膚科に何度か通っています。

 

最初は手だけだったので、家事や水仕事などをする人によく現われる手湿疹と診断され、塗り薬を処方され、素手で洗い物はしないように言われました。

 

なので、洗い物をするときには中に綿の手袋をして、外側はゴム手袋といった完全防備状態に。

 

在宅介護をしていた時期だったので、なにかと洗い物は多く、そのつど二重手袋をするのはとても大変でしたが、湿疹が悪化するのも怖かったので、それでもなんとか頑張ってやっていましたね。

 

塗り薬にはわりと強めのステロイド剤が出たので、抵抗感はあったものの、塗ってみると、手の湿疹はすぐに治っていきました。

 

ステロイド剤を長く続けるのは危険だと思い、手の湿疹が治まったところでやめていたら、今度は腕がピリピリと痛かゆくなり、見るとポツポツと湿疹が出始めていました。

 

 

腕にまで広がるなんて(*´Д`)。。。

 

これって水仕事が原因となるような手湿疹とは違うんじゃないかと思いつつ、処方されていたステロイドを塗るとその湿疹は治まるものの、まだ別の場所に出てくる、といった繰り返しになりました。

 

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時期によっても左右されやすく、梅雨時とか季節の変わり目になると悪化しやすく、湿疹が出たり引っ込んだりする状態が数年続きました。

 

悪化すると皮膚科に行ってはステロイド剤をもらい、それを湿疹が出るたびに塗ってやり過ごしていた感じです。

 

ステロイド剤の長期使用は良くない、とされているようでしたが、治ったと思ったらまた別の場所から湿疹が出てくるといった繰り返しなので、使い続けるしかありませんでした。

 

発症から3年後2019年夏頃には、ついに顔にまで湿疹のような赤みが出始め、両腕は二の腕の方にまで湿疹が広がるほどに悪化してしまいました。

 

そして皮膚科に行き、この時は、手にも顔にも処方されたステロイド剤をしっかり塗って、なんとか乗り切ることができました。

 

そしてこの最大に悪化した年を境に、徐々に湿疹は落ち着いていきました。

 

2022年現在は、薬を使うことは全くありません。

 

手や腕にたまにポツポツ湿疹が出ることがありますが、保湿クリームだけでなんとか治まってくれています。

 

湿疹に悩まされるようになったのは、親の介護がハードになってきた頃からです。

それまでの私は、アレルギーもなく、皮膚のトラブルに見舞われたことなど一度もありませんでした。

 

皮膚科のドクターからは、ハッキリしたことは言ってもらえませんでした。

 

私の方から「介護ストレスが原因ということは考えられますか?」とお聞きしたところ、「そういうこともありますね」と応えてはもらえましたけど。

 

今はほとんど湿疹に悩まされることはないものの、これがきっかけとなり、洗い物をするときには必ずゴム手袋をするようになったし、保湿クリームもこまめに塗る習慣が身に付きました。

 

 


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介護用おむつの厚みが増していく頃。2014年6月の在宅介護記録

今回は、2014年6月 母の在宅介護5年目の記録を振り返ります。

 

 

母がデイサービスに行っている間には、日頃できない箇所の掃除などをこなしておく。

 

母の洗濯物が多い。梅雨時は大変。アイロンも使って頑張って乾かす。

 

この頃にはまだ少しだけ余裕も作れたのか、図書館にもたまに行っていました。

 

 

6/16 母は一晩中右肩を痛がっていて、私も気になりよく眠れず。

 

一日前のデイサービスでなにかあったのだろうか?

 

送ってきた際に、ワーカーさんからは特に報告は受けていなかったけれど。

 

この日の夕方からは体の力も抜け、熱が8度2分ほど出る。

 

夜寝てからも、なかなかトイレに立つことができず。

 

 

翌6/17日 深夜0時過ぎ、リハパンもパジャマもビショビショにしてしまう!

 

なんとか立たせてトイレに向かわせてみたものの、途中で転んでしまい断念。

 

やっとのことで移動させて布団に戻り、寝かせたままでリハパンもパジャマも交換。

 

深夜2:30 再びビショビショ状態になり、交換。

 

最終的に、朝起きたときには、布団まで濡らしてしまい、大変でした。。。

 

なぜ、ここまでの大惨事になってしまったのかといえば、この当時はまだ失禁の量も大したことはなかったので、夜寝るときにも2回分吸収程度の薄型のリハパンを使っていました。

 

しかし、この大惨事をきっかけに、夜寝るときには夜用の吸収力の多い紙おむつを使うことにし、シーツの上にも防水シートをかけるようにしました。

 

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介護用の紙おむつも、介護の段階が進むにつれ、徐々に厚みのあるものに切り替えていったことを思い出しました。

 

6/18 PM11:00頃 トイレに行かせようとしたけれど結局起き上がることができず、横になったままリハパンを交換。

 

ところがこの夜、AM.2:00頃 母は自力でトイレに行こうとして転倒!

 

そんなことが3日間くらい続いたものの、4日目には自力で立ってトイレに行くこともでき、布団やパジャマを濡らすようなことはありませんでした。

 

お風呂にも自力で入れたみたいだし、一体、これまでの不調はなんだったのだろう❔。。という感じ。

 

在宅介護をしている間、母はこのような謎の不調が時々起こりましたが、せいぜい3日ほど経つと、急に回復していきました。

 

このときは、デイサービスでちょっとはりきって何かやったのかもしれない、と思う。

 

それで疲れちゃって、急に身体が思うように動かなくなったのかなぁ。

 

これから先も介護用の紙パンツや尿取りパッドなどは吸収量の多いものへと切り替わっていき、使用量も増していき、在宅介護も徐々に大変になっていきました。

 

 


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失われていく過去に思いを馳せる

今週のお題「復活してほしいもの」

 

今回は、お題に沿って書いてみたいと思います。

 

長く生きていると復活してほしいものといえば、ちょっとやそっとでは語りきれないほどたくさんあるものですね。

 

まず、私が今真っ先に頭に浮かべた復活して欲しいものは、2年ちょっと前に亡くなった父親かな。

 

亡くなった人がこの世に復活するなんて、絶対に無理なこととはわかっていても、また会いたいし、この手で触れることができたらどんなにいいだろう、と今でもずっと考えてしまいます。

 

いつか天国でまた会える!

 

そう信じる気持ちがあるからこそ、その想いに支えられ、自分の人生のゴールまで一生懸命に生きられる気がします。

 

 

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その次に復活を願うものと言ったら、やはり正常な股関節ですね。

 

ゆがみも痛みもない、普通に歩くことのできる股関節を復活させたい!

 

その気持ちはずっと変わらずあきらめず、強く持ち続けています。

 

これって亡くなった父親がこの世に復活するよりは、可能性としては大きいかな(笑)

 

 

次に復活させたいのは、母親の認知能力。。ですね。

 

これも現実的には無理なのはわかっていますが、奇跡でも起きて復活してくれないかな、と思ってしまう。

 

せめて、娘である私を見て「〇〇ちゃん!」と、子供の頃から呼んでくれていた呼び名で呼んでもらえたらどんなに嬉しいだろう(/ω\)。。

 

私のことをすっかり忘れてしまったとは考えたくないけれど、もしも私の存在が母の記憶から消えてしまっているのであれば、どうかどうか復活しますように!と、願わずにはいられないです。

 

 

 

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その他には、子供時代に暮らしていた懐かしい風景も、復活することができたらどんなにいいだろうと思います。

 

子供時代どころか青春時代を過ごした懐かしい街並みも、都市開発が進むにつれ今はすっかり変わり、あの頃のままを懐かしむことのできる場所なんて、ほとんどないに等しくなっています。

 

遠いあの日、あの頃、私の周りにあったものは、時の流れとともにどんどん変わり失われていきました。

 

失って初めてその存在価値やありがみに気づく、ということも多いですね。

 

今ここにあるものだって、この自分自身の存在も含め、いつかはこの世界から消えていってしまうものなのか。。と思うと、

 

どんなに些細なものでも、縁あって同じ時代にそして、今この瞬間に存在しているものすべてが、とても愛しく思えてしまう気がします(*‘ω‘ *)

 

 


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