手術しない変形性股関節症と親の介護ブログ

親の介護体験や 変形性股関節症 保存療法への取り組みに関する記録

小津安二郎の作品から今だからこそ見えてくるものがありました

小津安二郎の作品に触れてみたい気持ちが高まり、「東京物語」「お早う」「秋刀魚の味」を観てみました。

 

東京物語」は1953年(昭和28年) 「お早う」は1959年(昭和34年) の作品。

どちらもまだ私が生まれる前の時代のものです。

 

秋刀魚の味」は1962年(昭和37年)で、ちょうど私が生まれた年の作品でした。

 

小津安二郎の作品は、たしか40代の頃にも2作品ほど見たことがあるような気がしますが、この当時はなんの作品を観たのかよく覚えていません。

 

でも、観た印象としては、「自分が生まれる前の時代だけれど、自分がかなり小さかった頃の雰囲気も感じられて、懐かしいな~」といった程度のものでした。

 

小津作品は、伝統的な日本の家庭生活を描いているので、当時の生活の様子や日用品、日常的な言葉使いとか人々の服装とか、そういったものが見られるのが私にはとても興味深いものでした。

奇想天外なストーリーより、平凡な日常を描いたものが好きな私にとって、小津作品はかなりヒットしたようです。

 

今回観た小津作品を見て強く感じられたことは、亡くなった親達の時代特有のものの考え方とか、人間関係とか、今とは違った不思議な世界観。

 

ストレスを感じながらも ご近所付き合いは濃密にしていかなければならない主婦の生活とか、ある程度の年齢になったら結婚する、子供は親の面倒をみるのが当たり前、とか。

 

個人より家を中心とした価値観の中で、うちの親達も生きていたなということを、改めて思い出されてきました。

 

たしかに、うちの両親はこのような価値観が根強く残っていた時代の人であり、その価値観に外れることなく生きてきた人でしたが、私達子供に対してはそのような価値観を押し付けるようなことは一切しなかった。

 

親達にはたくさんのきょうだいがいて、親戚付き合いもそれなりにきちんと果たしていたけれど、

 

子供には子供の生活や生き方を優先させてくれていたので、私は親戚の集まりといった会合に参加することもなければ、祖父や祖母の葬儀にも出席したこともなかった。

 

いとこという存在は多数いたけれど、会ったこともない人や話をしたことのない人も多い。

 

それでも、親戚のおじさんやおばさんたちはうちにも遊びに来ることはあったし、その中でも特に親しく話せる人もいた。小さい頃には一緒に遊んだいとこもいましたね。

 

小津作品にみられるような昭和時代の光景として、いつまでも独身でいる人に、親戚の人達がとやかく言ってくる、といったものがあるけれど、私はそんなことを人から言われたことは一度もない。

 

今の時代ならともかく、昭和時代に生きていた私のような人間としてはけっこう珍しいことなのかもしれないな、と、小津作品を見ると改めて思う。

 

昭和時代の古い価値観に従っていた両親なのに、子供達には今の時代に通用するような個人の生き方や多様性を認める寛大さを持っていたことに、不思議な驚きと感謝の念が湧いてきます。

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