手術しない変形性股関節症と親の介護ブログ

親の介護体験や 変形性股関節症 保存療法への取り組みに関する記録

股関節痛を自力で治す!

今週のお題「読書感想文」

 

変形性股関節症に苦しめられて、約10年。私には股関節痛を自力で治す!という、人生最大の課題があります。

手術をしなくても、一生自分の股関節で問題なく暮らしていけるかもしれない、という希望を持たせてくれたのが、ちょうど10年ほど前に出会った「股関節痛は怖くない!」というこの本でした。 


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 この本の著者である松本正彦氏は、銀座にある股関節専門サロン【松本深圧院】の院長で、現在では全国にたくさんの支部もできているようです。

出張施術も行っているようなので、プロの手によってやっていただきたいのは山々ですが、保険適用外となるので 今の私の場合 続けるには料金的な問題が・・・。

 

・・・となれば、この理論を自分で研究しマスターし、自分でやるしかない!わけです。

 

10年前から持っていた本で、当時そこそこ読み込んで「なるほど!」と納得もしていたのに、うまく理解できず身に付かなかったのは、この頃から同時に親の介護が大変になっていたからです。(言い訳っぽいな(^_^;))

 

でも、今は多少 自分の身体に向き合える時間が作れるようになったので、本腰入れてメンテナンスしておかないと!

 

この本に書いてあることは、一般的に考えられている変形性股関節症の怖ろしい行く末のイメージを 明るく塗り替えるものでした。

 

それまでのイメージとしては、

 

変形性股関節症は進行性のもので、軟骨が徐々にすり減り骨と骨がぶつかって痛みが出て、さらに進行していくと骨が壊死していく・・末期になれば手術しか道はない・・といったようなものでした。

 

しかし、この本によると、骨の表面や軟骨には神経がないため、股関節痛の原因として骨や軟骨そのものは全く関係ないといっています。

 

では、なにが原因で痛みを起こしているのか?

 

ひとつには、関節を包む関節包という神経が通っている部分の炎症と、もうひとつには、筋肉の異常が関連しているとのこと。

 

この、股関節関節包内の炎症と筋肉の病気 という2つの原因が混在した股関節痛が、日頃私を苦しめている股関節痛の正体であることに気づきました。

 

関節包内の炎症に関しては、ピークを過ぎると安定するそうなのです。

たしかに私は、数年前までは頻繁に起こっていた激痛に近い痛みは、最近ではほとんど出なくなっています。骨の変形や脚長差はあるものの 炎症はおさまり安定期に入ったのだと思われます。

 

これから私がやるべきことは、筋肉の病気を治すこと!それも自力で!

 

筋肉の病気(こりや痛み)に関しては、股関節痛以外の人にも当てはまることだと思います。慢性的な肩こりなどその典型的な例です。

 

筋肉異常を治す方法について、この本で学び現在実践していることに関しては、また次回紹介したいと思います。 

 

股関節痛は怖くない! 改訂版 (ワニプラス)

股関節痛は怖くない! 改訂版 (ワニプラス)

  • 作者:松本 正彦
  • 発売日: 2016/12/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 


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夏は一番苦手です!

今週のお題「暑すぎる」

 

私は真夏に生まれたわりには、夏が一番苦手です。

子供の頃は、時代的にも地球温暖化は進んでなくて、夏の暑さでも現代のような殺人的な暑さではなく、夏休みもあることから、夏は好きな季節だった気がします。

夏は苦手!と、公言し始めてからかれこれ 20年以上にはなるかな~。

 

年々、夏の暑さが身体にこたえるようになってきて、

 

「いったい、私。どうしちゃったんだろうなぁ~」

 

と 心配になって、心当たりをいくつか調べたら、たぶん私の場合、老化と運動不足が原因っぽい。

 

体力が衰えてきているので、夏の暑さに負けてしまう。

でも、冬の寒さにはまだ勝てる!

・・・というか、私は寒さには強く、むしろ冬は好きな季節。

持って生まれた体質も影響してるのか!?

 

とにかく暑いと、身体がだるく、呼吸が苦しく、気分的にもイライラしがち。

 

更年期障害もあるのかな~と思って過ごしてきましたが、50代後半ともなると、更年期もすでに卒業してるんじゃないのか!?  という見方も。

 

この傾向はここ3~4年くらい前から顕著に現れ始めたことですが、顔汗をすごくかくようになって困ってます

エアコンの効いた部屋の中にいて、身体はそんなに暑くなくても、ちょっと動いていると顔から汗がポタポタ 流れ落ちるくらい吹き出てしまうことしばしば。

 

買い物に行った店内でも、買い物途中で何度も立ち止まっては汗を拭いています。

エアコンは苦手、という人の声もよく聞きますが、私は、店内でも、もっとガンガンに冷やしてほしい!と いつも思ってしまいます。

 

思い起こせば、私の両親はかなり高齢になっても元気でよく動き回っている人だったせいか、顔汗をすごくかいていました。

「なんでそんなに顔洗ったみたいに汗かくの!?」

と、以前の私はあきれたように言ってましたが、今自分がそうなっています。

 

高齢になると寒がりになる、という話はよく耳にしますが、両親は冬でもわりと薄着で平気でした。私も似たような体質が遺伝しているのかな、と思いますね。

 

若い頃には、暑い夏には全身から汗をかいていましたが、歳を取ってくると機能している汗腺のエリアも狭まってくるようですね。

50代位ならまだ、日頃から運動している人であれば、全身から汗が出せるのかもしれませんが、私はもはや首から上くらいに限定され、そのエリアが集中豪雨状態です。。

太ももからも汗を流していた、あの若かった頃が懐かしい!

 

もっともっと高齢化していくと、汗そのものが出せないようになってしまうかもしれないことを考えれば、今はまだ汗をかけるだけありがたいのかな、と考えよう。

 

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ふぅ。。。早く涼しくなってくれ~~。。。

 

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記憶を失う恐怖

今週のお題「怖い話」

 

ここはどこ?

 

私は誰?

 

目の前に見えるのは、長い廊下と・・・白い壁だけ。

 

あ。誰かこっちに向かって来る。

 

ニコニコ笑ってる。

 

え?なに?

 

なにか私に話しかけてるけど、小さい声だし、なにを言ってるのかよくわからない。

 

でも、良さそうな人だから、私も笑ってうなづいておこう。

 

あ! 窓から外が見える。

 

木の葉っぱが風に揺れてるな。

 

あれ! 目の前に ごはんとおかずが置いてある。

 

食べよう。

 

なんだか眠くなってきたな。

 

寝よう。

 

・・・・・・。

 

要介護4で施設に入所している認知症の母は、私の推測ですが、現在はこんな意識で生きているのではないかと考えています。

 

今はもう、記憶が薄れていく混乱はさほど感じないほどに、認知症自体が進行していると思うのですが、まだ初期だった頃には、不安を感じている様子が多々うかがえました。

 

「最近、頭が変になってきたいみたいだよ」

 

初期の頃に母がよく口にしていたことを思い出します。

 

ただ、その頃は私もまだ認知症への知識も浅く、母が認知症であることに気づいてなかったので、あまり気にもとめていませんでした。

 

もう少し進行してくると、言葉にして訴えるようなことはなくなりました。

 

頭が混乱してくると、わけもなく感情的になったり、意味のない変な行動を繰り返すようなことをし始めました。

 

そうそう!「頭が変になってきた」という代わりに、

 

「もう、死にたい」という言葉を、

 

頻繁に口走っていたことを思い出しました。

 

TVなどで他の認知症の方を見ると、その進行過程において、激しく混乱してしまう人もいれば、比較的穏やかに受け入れている人もいるようなので、個人差はあるのでしょう。

 

私の母の場合、自身が認知症であることには、最後まで気づいてなかったと思います。

そもそも、認知症という症状についての知識は、持ち合わせてなかったはずですから。

 

でも、徐々にいろいろなことがわからなくなっていく不安と恐怖を、どのように受け入れ、今はその恐怖が母の中でどうなっているのか、とても気になるところです。

 

少なくとも、今でもまだ母の中には 理解不能な恐怖感が潜んでいて、時折それが顔をのぞかせて、母を不安にさせているような気はします。

 

なにもしないでボーっとしている時などに、その不安感がじんわり押し寄せてくるかもしれないな、と思うのです。

認知症になっても、感情の記憶だけは意外と根強く残っているものですから。

 

認知症の人は、「今、ここ」がすべてだと聞いたことがあります。

 

思いわずらう過去も未来もないのです。

 

究極の生き方を実践していると言えば、そう言えなくもないわけです。

 

入所している母への面会は、今のところオンラインでしかできません。

私はとにかく、直接会って、なおかつ母に触れたい!

それができないまま、母の寿命が尽きてしまったら、と思うことが、今の私にとっては一番の恐怖です。

 

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親孝行ってなんだろう?

必死で親の介護をしていた頃に、兄も私も人からよく言われたけれど、心には響かなかった言葉があります。

 

それは、

「えらいね」

「親孝行だね」

・・・・・という、ほめ言葉?

 

これって、言われた側としては光栄なことなのかもしれないけれど、介護で疲れ切った私にとっては、ずっしり重い言葉に感じました。

 

それよりも、「大変だね」とか「あなたも身体を大事にね」と、ねぎらう言葉をかけてもらったほうが、身に染みてありがたかったことを思い出します。

 

はっきり言って「親孝行」という言葉は、なんだか荷が重たい気がして、私としてはあまり言われたくないし、人にも言いたくない言葉のひとつです。

 

(父は2019年11月に95歳で他界  母は要介護4で2019年9月に93歳で施設に入所)

 

 

そもそも【親孝行】ってなんなんだ?

 

調べてみると【子が親をうやまい 親に尽くすこと】と、説明されている。

 

漠然としていてよくわからないな

 

もうちょっと詳しい説明を探してみると【親を大切にし 真心をもってよく尽くすこと】と記されています。

 

なるほど!

でも、これって親に限ったことじゃなく、誰に対しても した方がいいことじゃないのかな、と私は思ってしまうのですが・・。

 

親孝行の代表と言えば、結婚とか出産ってことになるのかな?

「初孫を見せてあげる」なんていうのが、人生最大の親孝行のようなイメージがあります。稼いだお金で、親に家をプレゼントする!・・なんていうのも、かなり親孝行度高めな気がします。

あくまでも、私の勝手な親孝行イメージですが (^-^;))

 

そのように考えると、私は世間の人が考えるような親孝行はなにひとつしてこなかったわけで、親から見たら果たして私は良い子供だったのかどうか、未だに謎なわけです。

 

父が亡くなった後に叔母さんから聞いた話ですが、父は以前「子供の育て方を間違っていたのかもしれないなぁ」と、言っていたことがあるとか! 

 

たぶんそれは、私が人並みに結婚して独立したりせず、いつまでも親元に暮らして、好きなように生きていたからだと思うのですが。。。

 

でも、そのおかげで父は超高齢になって亡くなる寸前まで、家族そろって暮らせたし、子供たちから身の周りの世話もしてもらえたし、寂しい思いをすることもなかったと私は思いたい。

 

父は私のことを、どお思っていたのかなあ?

 

口うるさい娘だな。

 

そんなふうに思われてる可能性は、、、一番高そう。。。

 

でも晩年は、私の名を呼んで「ありがとね」と言ってくれることが多くなっていたのもたしか。

 

父は、私が父の娘であったことを、よかった、と思ってくれたことがあったかな。

 

父は、自分の気持ちを言葉にして伝えることは滅多にしない人だったので、最後の最期まで、どんな想いでこの世を旅立っていったのかはわからない。

 

でも、

  

 

「いい家族に恵まれて幸せだった」

 

 

父が死を迎え入れるまでの、意識がうすれていくどこかで、このことをたとえ一瞬でも思ってくれていたら、私はどんなに救われるだろう。。。と、いつも思う。

 

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親孝行プレイ (角川文庫)

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アンチエイジングには励んでないけれど

昨日でまたひとつ 歳を取ってしまいました。

毎年のことながら私の誕生日は暑くて、優雅に誕生日気分になんて浸っていられません。夏が一番苦手なのに、真夏に誕生日が巡ってくるのはなんとも残念。。

去年のお誕生日は、両親も一緒にいて過ごせたのに・・と、またここでも考え、ほんのひととき、しょんぼり。。

でも、去年までの介護に忙殺される生活からは解放されているので、今の自分を見つめ直し、これからのこととか、ほんの少しだけ思いを巡らせることができました。

 

思い返せば、介護中はほとんどきちんとメイクすることもなかったですね。

そもそもきちんとメイクして出かけるような場に行くことはなかったし。

出かけると言えば、近所のスーパーなどへの買い出しと、両親の病院への付き添い位でしたから。

それでも一応、ササッと簡単にメイクだけはして、たとえ近所でもお出かけ用の服には着替えて出かけました。

 

介護でクタクタに疲れているときでも、出かける時にはそれなりにきちんとした身なりで出かけよう、という気持ちは捨てないように努めました。

ハッキリ言って、いまさらメイクしてもしなくても、そんなに見た目は良くならないことはわかっているのですが、自分の気持ちをきちんと立て直すために、私には必要でした。

 

面倒だからいっか~。。疲れてるからいっか~。。って流し始めると、とてつもなくみにくい中年おばさんになり果ててしまう危険性は、いつだって十分にあるのです(笑)

 

でも、でも、だからといって、高いお金を支払ってエステに通ったり、美容整形を施したりしたいとは全く思いません。

 

多くの人が「綺麗だね~」って言うような、外見的に美しい人には、男女関わらず 私としてはあまり魅力を感じられないのです。

 

それよりも、内面の豊かさとか優しさとか、面白さや賢さなどが、外見に表れてる人に魅力を感じるし、私もそうありたいと思い続けています。

 

歳をとってからもいい感じの緊張感は残しつつ、内面の豊かさを感じさせてくれる人って、見た目も必ずいい雰囲気を漂わせているように思います。

 

外見的な美しさだけを保ち続けるのは、歳を重ねるごとに困難になっていくものです。

 

だけど、

 

内面的な美しさを磨いて外見に反映させることは、歳を重ねてこそ! という気がするんですよね。

 

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 年相応って考え方は、私は好きではありません。

 

いくつになっても、私は明るい色の服を身に着けていたいし、可愛い物も取り入れたいし、子供の頃の好奇心やイマジネーションや虫や幽霊を怖がる臆病な心も、ずっと失わずに持ち続けていたい!

 

 

100歳までパリジェンヌ! いつも機嫌よくおしゃれに!

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息苦しそうだった父の姿を思い出す

父がまだ生きて家にいた 去年の今頃(2019年7月)の日記を見てみました。

95歳で亡くなる4ヶ月前に当たるこの頃の父は、とにかく身体がつらそうでした。

それまでは、多少疲れてても昼間なら横になることなどなかった人が、日中でもすぐに横になりたがるようになっていました。

 

特に夜寝てからしばらくすると突如、呼吸が苦しくなり、背中とか身体が急激に熱くなってきたと騒ぎだすので、去年の夏 エアコンはずっと切ることなく24時間フル稼働させていました。

同じ部屋で母も寝ていたので、父の体感に合わせていたら風邪をひいてしまうと思い、比較的涼しい夜は、エアコンを切り窓を開けました。

 

そんな日でも父は熱さを訴え、氷枕を要求し自分のところにだけ向けて小型扇風機を一晩中回し続けていました。

暑がりの私でさえ肌寒いと思える朝方にも、布団もかけずに扇風機をフル稼働させている父の身体の異変に怖さを覚えました。

 

それだけではなく、やはり夜間は突然息苦しさに襲われるようで、深夜であろうと朝方であろうと関係なく私は起こされました。

 

起こされても私ができることは特にないのです。

「少し起きて、扇風機にあたってたら?」

と言うことくらいです。

 

すると父はいつも自分専用の小型扇風機を持って、キッチンの方へ向かい、電気もつけず、長い間起きて風にあたっていました。

起き上がって風にあたっていると、次第に呼吸は楽になっていくようなのです。

 

寝室からはその姿が見えたので、私は今でもその姿がくっきり目に焼き付いて離れません。

毎晩毎晩、同じことの繰り返しでした。

 

原因は心不全がじわじわと悪化していたことにあるのかな、と思いますが、血液検査では炎症の数値もかなり高く出ていて、ドクターとしても入院させるかどうか思い悩んでいる頃でした。

 

父が苦しくても、私が治してあげられるわけではないから、寝ている私をいちいち起こさないでよ!と 何度も言った覚えがあります。

 

私は父の他にも、要介護4で認知症の母の介護をしていました。

(母はその年の9月に施設入所しました)

母の介護疲れでもクタクタの状態で、夜は父と母の様子を気にしながらの仮眠しか取れない日々が続き、肉体的にも精神的にもギリギリの状態でした。

 

でも、

 

父は私になんとかしてもらいたいと思っていたわけではなく、ただ不安でいっぱいだったから、ひとりでは抱えきれないほどの恐怖だったから、とにかく私を起こしてしまったんだろうな、と思います。

それは私もわかってはいました。

 

少しでも私に気持ちの余裕がある時には、父の不調に付き合って、一緒に起きて背中をさすってあげたことも多々あります。

その方が、父の息苦しさの回復も確実に早かったように思います。

 

今思うと、悔やんでも悔やみきれませんが、毎回そんなふうに父に優しくしてあげられる余裕は、体力的にも精神的にも、当時の私にはありませんでした。

 

去年の今頃は、物凄い状況の最中にあったけれど、家族4人揃っての暮らしはまだあったんだな、と思うと、泣きたいほどに あの頃に戻りたい。

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健康とお金を天秤にかけると

今週のお題「2020年上半期」

 

2020年上半期は、コロナウィルスの影響でほとんどの人が混乱したり不安定な状態にあったと思います。当然、私もそうです。

年明け頃からある程度計画していたことが、あまり進んでいません。

特に滞ってしまっているのが、仕事の再開です。

以前私はフリーランスで働いていましたが、親の介護のために仕事をやめてから10年近くになります。

ブランクが長い分、復帰するための準備も長くかかります。

調べれば調べるほど、時代と共に新たに学ばなければならないことが次々と出てきます。

春先からコツコツと準備は進めていますが、思うように進められません。

 

それはコロナの影響だけが原因でなく、自分の体力的な問題が大きな足かせとなっていることに、今更ながら気づきました。

 

長年の介護疲労と、変形性股関節症のせいだと思いますが、日々全身がたる重く、痛みもあります。そのため、今のところ ただ生活を送るだけでも精一杯。この状況で、仕事時間をプラスしたら、すぐに身体が悲鳴を上げてしまいそうです。

 

今自分に必要なのは、一刻も早く収入を得ることよりも、身体の不調を整えることではないかな、と冷静に考えると思います。

 

でも、一刻も早く収入を得なければ!という思いがすぐに邪魔をして、焦る気持ちばかりが先走り、結局、健康も収入も手にできない中途半端な状態が続いています。

 

身体の不調を整えることを優先していたら、収入の道はなかなか開けず、かといって、今の状態で無理して仕事を始めても、十分に力を発揮することはできず、さらに体調を悪化させ途中で辞めることにさえなりかねません。

 

最近になってふと、この状態は、コロナ禍で混乱している今の社会に似ているかも、と気づきました。

 

コロナの感染予防を優先してしまえば経済が崩壊してしまうし、経済優先にしてしまうと、今度はコロナがさらに猛威を振るうことにもなりかねないわけです。

 

完全にどちらか一方を犠牲にすることはできないですね。

 

それは私個人のことにしても、社会全体の問題として考えても。

 

だからこそ、そのバランスをどう取っていくかで、四苦八苦してしまうのです。

 

私個人としては、今すぐに無理をして働かなくてもしばらくは生活できそうなので、身体の調整と休養を優先し、まずは仕事を長く続けていけるだけの体力をつけることを優先しようかと考えているところです。

 

とても不安は大きいまま進むことになりますが、それは今の社会も同じですね。

 

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パリジェンヌはいくつになっても人生を楽しむ

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