手術しない変形性股関節症と親の介護ブログ

親の介護体験や 変形性股関節症 保存療法への取り組みに関する記録

お墓を守っていくということ

東京のお盆は7月です。今年は父の新盆であり、住職さんが家に来てお経をあげて下さいました。

お寺関係のことは今まで本当に疎くて、父が亡くなってからは その都度ネットで調べまくり、兄と奮闘してやり遂げてきています。 

 miyuyuchang.hatenablog.com

 

檀家として菩提寺との関係を続けていくことは大変です。

 

近頃では葬儀も簡素化され、お寺との付き合いも希薄になっている という時代の流れもある中で、うちは時代を逆行しているな、という感じもします。

今までの自分の人生の中にはほとんど無縁だったお寺との関係が、父の死をきっかけに急に濃密になったことに戸惑いは感じます。

儀式的なことはどんどん省略して、遺族への負担を減らすようにした方がいい、という合理的な考え方を、以前の私ならしたでしょう。

 

でも、実際に父親が墓に入った今、私の気持ちは変わりました。

 

お盆に向けての精霊棚の飾りつけにしても、住職を招く準備にしても、お墓参りに行くことにしても、大変だしお金はかかるし 面倒なことには違いないのだけれど、それをすることで、まだ父との縁が繋がっているという安心感が得られるのです。

 

そして、日頃からモヤモヤしている言い様のない不安感のようなものは、お盆の行事をすることや、お墓参りをすることで、その都度きれいに洗い流されていくような感覚を覚えます。

 

このような感覚は、なぜそうなるのか、というように 頭だけで分析しようとしても、納得のいく答えは出せないような気がします。

毎朝仏壇に手を合わせることや、お墓参りをすることの大切さを、昔の人は切々と説いていましたが、今までの私はほとんど気にとめませんでした。

 

それまでの私は、自分の魂の一部がもぎ取られるほどに辛い、本当に大切な人を失った経験をしてこなかったからかもしれません。

亡くなってからも父は私に、たくさんのことを気づかせ与え続けてくれています。

 

大変だけれど、頑張って、きちんとお墓を守っていこう!

 

 

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やりたいようにやらせてあげれば良かった

両親の介護から 解放された今だからこそ思うのだろうけれど、父にしても母にしても、家で一緒に暮らしている時には、もっとやりたいようにやらせてあげれば良かったな、と。

(父は2019年11月に亡くなり、母は2019年9月に介護施設に入所しています)

 

よくよく考えれば、両親はある時期までは自分の意思で、やりたいように自由に生活していたわけです。

でも、認知症が進んだり老化が進んだりするにつれ、生活は私の管理下に置かれるようになりました。

 

母は、甘い物(特に和菓子)が好きでした。

認知症が進むにつれ、大好きなあんこの入った和菓子を与えると、もっともっとと欲しがりましたが、栄養バランスを考えて、ある程度制限していました。

 

父に対してもそうでした。高齢の割には炭酸飲料などの冷たいものが好きで、一日に何本も飲みたがってはいましたが、身体のことを考え、一日一本程度に制限していました。

父は最後まで頭はしっかりしていたので、ある程度放っておいても病院に着ていく服くらい、自分で選ぶことはできたのですが、

 

「あー!なんでそんなシャツ選んだの!? もっといいのがあったでしょ!?」

とか、

「今日は検査なんだから、もっと脱ぎ着しやすい服じゃなくちゃダメじゃない!」

とか、

娘の私は ダメ出しばかりするようになっていました。

 

それでも父は反論するでもなく、大人しく私の選んだ服に着替えていました。

 

もっと時間をさかのぼって思い出せば、母がまだ認知症であるとは気づかなかった頃。

母は、チラシ広告などから花の写真を切り取っては、タンスや家具の側面にペタペタ貼ることをし始めました。

 

「こんなの貼ったらおかしいでしょ!?」

私は母に文句を言って次々剥がしていきましたが、

母はまたしばらくすると、懲りずにペタペタ貼り続けました。

 

貼っては剥がすの応戦がしばらく続いた後、いつの間にか母は貼ることをやめました。

 

それは諦めた、というのではなく、母はいつの間にか 花の写真を貼ることを忘れていったように思います。

 

今思えば、花好きだった母は、花を育てたり生け花にすることができなくなった代わりに、手近にあるチラシ広告の花を貼って楽しんでいたのかもしれません。

 

年老いていくにつれ、自分がやりたいようにできることは、いつしか消滅していくということを、両親の介護を通し教えてもらった気がします。

 

現在、介護施設に入っている母は、健康管理も栄養管理もしっかりしてもらえ、ある意味 至れり尽くせりの生活が送れているでしょう。

 

でも、そこにはもう、母が自分でやりたいようにやれることは、ほとんどありません。

 

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 izu3さんによる写真ACからの写真

 

 

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過去に戻って修正したいこと

今更ですが、3週に渡ってテレビ放映されたバックトゥザフューチャーを、初めて見ました。

過去を変えると、それに関連した現在も未来も変わっていく、という発想は、自分の人生を考えるのに役立つ気がします。

 

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そこでもしも、過去に戻って修正したいことがあるとすれば、私はなんだろう?と考えてみました。

過去には失敗も無駄なこともたくさんしてきましたが、自分の好きなように生きてこられた気がするので、修正したい過去はないなあ、と。

 

でも、よーーーく考えてみたら、ひとつだけ浮かびました!

  

それは私がまだ赤ちゃんだった時代に戻って、母親に私の股関節の矯正をしてもらいたい、ということ。

 

先天性股関節脱臼といって、私は生まれつき股関節がゆるいタイプで、少しゆるいまま気づかずに成長していってしまった結果、30代位からジワジワと股関節の違和感を覚えるようになり、変形性股関節症にまで発展してしまいました。

 

今は乳児健診で、そのような兆候のある赤ちゃんはすぐに発見され、早期に矯正してもらえるので、私のようなケースで股関節症に苦しむ人の数は 将来的にはほとんどなくなるようです。

 

もちろん、私の生まれた時代はそのような検査項目はなかったうえ、布おむつに、おんぶ、といった昔ながらの育てられ方をしたのが、脱臼をさらに助長していたようです。

 

それでも私自身も股関節がゆるいなんて自覚は30歳位まで全くなく、学校生活も他の子供と同じように、ごくごく普通に送ってこられました。

 

ただ、今になって考えると、正座とかあぐらとか、長時間しゃがんでいることは嫌いだったし、幼児期にはちょっとしたことで肩の関節が外れたりすることもあったし、運動は苦手だし嫌いでした。

 

運動嫌いに関しては、単に体力がなかったから、と思っていましたが、気づかないところで脱臼気味の股関節の影響を受けていたような気がします。

 

過去を修正し、現在の私が変形性股関節症でなくなっていたら、どんなに素晴らしいだろう!と思いますが、 そうなったらそうなったで、なにか別の「苦=人生の課題」が授けられているのかな、などと、余計なことを考えてしまう性分です。

 

 

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どうして生きているうちにもっと。。。

今週のお題「お父さん」

今年もまた父の日は巡ってきます。

父がこの世にいなくなってから 初めての父の日がやってきます。

去年の父の日には、家族揃ってみんなで過ごせました。

母もまだ介護施設には入ってなくて、家にいましたから。

 

生前の父には、面と向かって「ありがとう」なんて言えなかったけれど、今は仏壇に飾ってある遺影をじっと見ていると、「ありがとう」という言葉が 抑えきれない気持ちとともに溢れてきます。

 

父がいてくれたおかげで、私は幸せな人生を送れたんたんだということを、父が亡くなってから 本気本気で!心の底から実感できました。

 

両親によって私は守られていたんだ。

親って偉大だ!

 

私は自分が親になった経験がないので、親が亡くなって初めてこのことを実感できたのかもしれません。

 

父のことを深く理解できたのも、父が亡くなってからです。

 

miyuyuchang.hatenablog.com

 

特に私が若い時期には、父の存在を軽く見ていたし、感謝の気持ちすらほとんど感じてなかった気がします。

 

ずっと元気だった父が亡くなる1~2年前からは、多少介護の手がかかるようにはなっていましたが、それでも最期まで全力で生き抜いてくれました。

死期が近い頃になっても病室に面会に行くと、母のことをしきりに心配していた父。

 

私も兄も、要介護度の高かった認知症の母にかかりっきりで、父にはだいぶ無理をさせてしまった気がします。

 

もっともっと父にも優しくしてあげれば良かった。

どうして生きているうちにもっと優しくしてあげられなかったんだろう。。。。

 

どうして生きているうちにもっと、

父が喜ぶことをしてあげられなかったんだろう。。。

 

どうして父が生きているうちにもっと。。。という思いが、父の日を気にかけ始めたら、次から次へと押し寄せてきます。

 

たぶん父が生きている間に どんなに一生懸命面倒をみてあげたとしても、「これでもう悔いはない」という到達点はなく、亡くなってからの後悔は出てくるものだと思います。

 

いつも父の遺影に向かって語りかけるのは

「ありがとう。いつかまた天国で家族揃って暮らせるときまで、見守っていてね」

 

まだ生きている母のことは、少しでも悔いが残らないように大切にしたい。

そのことが 天国の父を一番喜ばせてあげられることのような気がします。

 

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ぴぴふぉとさんによる写真ACからの写真

 

 

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親を亡くした悲しみの雨

今週のお題「傘」

2019年11月の末に父が亡くなった後しばらくは、私の心の中は悲しみの大嵐が吹き荒れていました。悲しみの大嵐が吹き荒れる中を、私は子供用の小さな傘をさして、びしょ濡れになりながら立ち尽くしていた、そんな感じがずっと続きました。

 

7か月近く経った今、心の中を覗いてみると、時折悲しみの大雨が降ることもまだまだありますが、降っても小雨だったり、晴れ間もたくさん覗くようにはなってきました。

 

今でも悲しみの大雨には襲われますが、今持っている傘はとりあえず大人用のビニール傘くらいには変化したように感じます。

心の傘は気持ちの余裕みたいなもので、だいぶ立ち直ってきているのだと思います。

 

最近になって、ようやく娯楽性のあるテレビ番組も見られるようになってきました。

父が亡くなってから半年間位は、気持ちが全く落ち着かず、のんびりテレビでも見よう、という気持ちなど全く起きませんでした。

身体も心も疲れ切っているのに、なにかしていないと気持ちがザワザワしてきて、とにかく落ち着かなかったのです。

 

それでも3月頃からは、ニュース番組だけは見る気が起きました。

その頃からのニュースといったら、新型コロナウイルスの緊張感あるニュースばかりでしたが、やけに熱心に見ていた覚えがあります。

たぶん、コロナウイルスという新たな大きい不安に気持ちを向けることで、その時点で自分が抱えていた悲しみや不安を、忘れることができたからかもしれません。

 

miyuyuchang.hatenablog.com

  

遺族外来という科を開設している病院もあるようですね。

肉親や近しい人を亡くされた遺族の受けるストレスは、とても大きなものであり、身体や心に与える影響も、甘くみてはいけないことを知りました。

 

「辛いけど、苦しいけど、私は大丈夫」

とりあえず、漠然とながらもそう思ってここまで来ましたが、少し余裕が出てきた今、ちょっと前までの自分を振り返ると「変だったかも」と思えることが見えてきました。

 

ただ、今でもまだ「なんか変だな」と思えることがあり、本来の自分に戻れてない気はします。

 

これはせっかちな私が一番苦手とすることだけれど、あせらずゆっくり進むしかないですね。

 

そうすれば、ちょっとくらいの大雨には対応できる、造りのしっかりした心の傘が手に入れられるかな、と希望をもって毎日を過ごそうと思います。

 

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CO27さんによる写真ACからの写真

 

 

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マスクが苦しい

今週のお題「外のことがわからない」

 

体のあちこちが不調です。50代も後半なので、歳のせいと言われてしまえば、仕方ないのかな~と思えなくもないのですが。同世代と比べると、特に弱ってるような気がしてしまいます。そこのところがよくわからないですね???

 

それから、マスク!

みなさんは、マスク苦しくないのでしょうか???

 

まずは、どのように調子が悪いのかと言えば、まずは股関節痛です。

これは変形性股関節症を患っているので、なにを置いてもこれがトップ!です。

・・・と、なんだかもてはやしているような感覚に陥りますが、とにかく一番つらいです。

 

miyuyuchang.hatenablog.com

 

これがあるからなのか、股関節だけではなく、全身の筋肉痛もあります。

外出した日などは、かなりひどいです。

朝起きる時も、全身が固まったようになっているので、「いてててててて」っと、声をあげながらじゃないと、なかなか起き上がれません。

 

5年前位から、手足の湿疹にも悩まされています。皮膚科に行っても、特に原因は特定されなかったんですが、薬を塗って抑えても、またしばらくすると吹き出てくるといった繰り返し。

それまでは、皮膚疾患に悩まされたことは一度もなかったのに。。。

介護のストレスとかが引き金になっていたのかなあ。

 

湿度が高くなってくるこれから夏にかけてが、一番調子が悪いです。

今までは、単に暑さが苦手なだけだと思っていたのですが、気温が25~26℃位でも、湿度が高いとやられます。。。

呼吸するのが苦しくなり、体がだるく動きたくなくなる感じです。

 

これも、ここ2~3年の症状なのですが、顔汗がひどい!

今のところ外出中はマスクをしてなければならず、こまめに顔の汗も拭けないので、洗顔したまま拭かない人みたいになっています。

周囲の人達を見ると、暑い日にマスクしてても(屋内で)、私みたいに汗ダクダクになっている人はなんて、あまり見かけないんですよね。

 

私の場合、マスクしてなくても湿度が高い夏は息が苦しいというのに、マスクしてるからさらに地獄の苦しみです。

 

冬でもマスクしてると暑くて苦しくなるというのに、暑い夏にマスクするなんて、熱中症への道まっしぐら!としか思えません。

 

秋冬はわりと元気なんですけどね。

 

これからの時期は、瞑想とかリンパマッサージとか 涼しい室内でできることを取り入れ、体のメンテナンスをやっていこうかと思案中。

 

どんなに苦しくても、マスクとの付き合いは 当分切れないですからね。

 

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く。。。くるしぃ。

 

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思い出逃避の旅に出たい

今週のお題「遠くへ行きたい」

 

コロナの自粛ストレスから、遠くへ行きたいと思っている人は多いと思いますが、今の私はそういった理由からではありません。

 

思い出のまったくないどこか遠くへ行きたい。 と、衝動的に思います。

 

「現実逃避」ではないと思うのです。

 

言うなれば「思い出逃避」ですね。

 

なんの思い出から逃避したいのかといえば、高齢の両親と過ごせた2019年夏までの 家族との思い出からの逃避です。

 

去年の夏まではまだ父も生きていて、母も施設には入所していませんでした。

今住んでいるこの家で、父と母と兄と私、家族四人の暮らしがずっと続いていました。

 

でも今は兄と二人きりに。

父と母の思い出がたくさん残っているこの家で暮らすのは、時として思い出に押しつぶされそうになり、苦しくなります。

 

この家で父と母を動画に撮ったものもたくさんあるので、それをたまに観るのですが、次第に過呼吸になるくらい号泣してしまい、じっくり観ることもできません。

 

本当は、もっともっと父や母のことを思い出したいのに、思い出すたび辛くなります。

 

父と母がこの家からいなくなってから、8ヶ月ほど経ちました。

あとどれくらいしたら、穏やかな気持ちで思い出に浸ることができるのか、まだまだわかりません。

 

施設にいる母にはずっと会えなくて、それはそれで心配だったのですが、先日ようやくオンラインでの面会ができるようになり、様子を見ることができました。

 

miyuyuchang.hatenablog.com

 

 

思ったより認知症も進んでない様子で、元気そうだったので安心しました。

会えずにいると、つい悪い方悪い方へとへ想像して、不安が広がってしまうのは困ったものです。。

 

たとえ触れることはできなくても、動いている母を見ていたら ほっとしました。

 

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 母はまだ生きている。

思い出の中だけに閉じ込めてはいけないですね。

 

 


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